日本のコメ政策は劇的に変わった。 政権を奪取した後、民主党は全国すべての販売農家に所得補償を講じる制度を導入した。
 自公連立政権時代に制定された農業基本法( 1999年施行 )は 「 小さな田んぼを集約して大規模化し、生産効率を上げる 」 、 つまり農業従事者を選別して絞り込む構造政策を基調としていた。 これに基づいてコメ政策の改革が進められてきたが、 その流れを 「 戸別所得補償 」 制度がバッサリ断ち切った。 零細農家、兼業農家含めすべての農家を政府が支援するという、 「 コメ政策の大転換 」 が起こったのである。
 この大転換は、政治そのものにも強い副作用をもたらしている。 民主党は自民党政権を打倒する際、 「 戸別所得補償 」 を農村票切び崩しのテコとした。 むしろ初めからこちらの劇薬ともいえる効能に期待していた。 今後もコメ論議の中心に居座る 「 戸別所得補償 」 はいつどのように生まれてきたのか。 「 政治とコメ 」 の一筋縄ではいかない関係を読み解いてみる。


 

「戸別所得補償」誕生までの経緯
2004年
改正食糧法施行。 生産調整方法を減反の割り当てから生産数量の割り当てに変えるなどコメ政策の改革が始動( 4月 )
民主党、 「 農林漁業再生プラン 」 発表。 補助金行政から 「 直接支払い 」 への転換を掲げる( 5月 )
2007年
政府、助成対象を 「 担い手 」 に絞る 「 経営所得安定対策 」 を本格的に導入( 4月 )
民主党、 「 戸別所得補償制度 」 創設を掲げて参院選で自民党に圧勝。 とりわけ農村部で大勝した( 7月 )
自民党、 「 コメ政策改革 」 の見直しに着手。 政府は 「 担い手 」 要件の緩根などを実施
2009年
石破農林水産大臣が減反するかどうかの判断を農家に委ねる 「 選択的減反 」 に言及するが、自民党内の反発で結論出せず、総選挙で民主党が圧勝( 8月 )
民主党政権はコメ農家への戸別所得補償を1年前倒しで2010年度から導入することを決定
2010年
民主政権下で初めての 「 食料・農業・農村基本計画 」 ( 第3回。 5年ごとの見直し )
「 兼業農家や小規模経営を含むすべての意欲ある農家 」 が農業を続けることができるよう戸別所得補償制度を導入すると明記
 農林水産省の副大臣室。 戸別所得補償の本質を問うたとき、篠原孝は意外なほどきっぱり断言した。
 「都市から田舎への所得移転ですよ」
 目的は都市部から農業地域へおカネを回すことであり、農業政策というより社会政策 なのだという。 実は篠原は、民主党の野党時代、原型となる農業政策を作成したメンバーの一人だ。 農林水産省のキャリア官僚から政界に転身した篠原は、2003年11月の衆議院選挙で初当選すると、さっそく当時の菅直人代表から農業政策の策定メンバーに指名されたという。
 すでに機は熟していた。 小沢一郎率いる自由党が吸収される形で民主党に合流してきたばかり。 高支持率を誇る小泉政権は 「 構造改革 」 を高々と掲げていた。 自由党との合併を契機に、民主党は対決姿勢を強める。 農業政策でも、 「 大規模化・生産効率同上 」 を推し進める政権への対案を突き付けることになる。
 党に設置された農林漁業再生本部の本部長には菅代表が就任し、副本部長に鹿野道彦( 農林水産相 )、事務局長には山田正彦( 前農林水産相 )。 さらに篠原、平野達男( 復興担当相 )、議論には筒井信隆( 農林水産副大臣 )なども加わる。 夏の参院選に向けた公約作りも兼ねた作業だったが、振り返れば政権交代後に農政を担うことになるメンバーが結集していたことになる。
 そして 「 農林漁業再生プラン 」 が発表された04年5月、民主党が目指す農業は大きな変貌を遂げた。
 実はそれまでの民主党の農政は自民党農政と大差がなかった。 農業基本法は 「 大規模化・効率化 」 に主眼を置いているが、基本法の法案審議で民主党は賛成している。 早くから農家への 「 直接支払い 」 を唱えてこそいたが、助成対象は自民党と同じように農地の規模などを基準に 「 選別して絞り込む 」 考え方で、いわば 「 構造改革 」 路線だった。
 「 農林漁業再生プラン 」 はまったく違う。 「すべての販売農家」 に国が助成金を給付する考え方を初めて打ち出した。 支援する農業従事者を絞り込むことで稲作の大規模化を誘導する構造政策から、すべての農業従事者の所得を補填する社会政策ヘ 理念そのものを根本的に変えたのである。
 現在の 「 戸別所得補償 」 は 「 農林漁業再生プラン 」 の精神を引き継いでいる。 その意味では、再生プラン策定にかかわった篠原副大臣が戸別所得補償を 「 都市から田舎への所得移転 」 と総括したことは論旨一貫している。
 民主党農政のターニングポイントとなった 「 農林漁業再生プラン 」 。 けれども、新たな理念に基づく農業政策が脚光を浴びるには一人の政治家の登場を待たねばならなかった。 小沢一郎である。
 「 偽メール事件 」 で引責辞任した前原誠司の後を継いで06年4月に党代表に就任した際、小沢は 「 次の内閣 」 の農林水産相に篠原を指名した。 翌年の参議院選挙に勝利することを至上命題とする小沢は 「すべての農家」 に助成金を給付する制度に着目 し、篠原に注文をつけた。
 「 直接支払い制度 」 ではどんな政策かイメージが湧かない。 生産コストが販売価格を上回ったときに差額を補填するのだから 「 不足払い 」 ではどうか。 篠原は反論した。 それではWTO協定に抵触するイメージを抱かせる。 結局、 「 直接支払い制度 」 に替わる制度名の候補が小沢の前に四つ並べられた。
 「 うん、これだ。 『 直接支払い 』 なんて言ったって百姓はわかるわけねえんだ。 生産費所得補償方式はみんな知っているからこれでわかる 」
 こう言って小沢は 「 戸別所得補償 」 を選び出した。 篠原から小沢とのやり取りを聞かされた自民党の農政通、加藤紘一は 「 小沢さんの農政は30年前の農政だ 」 とあきれたという。 「 生産費所得補償方式 」 があまりに古い米価決定方式だったからだ。




 けれども、こと 「 選挙 」 に関するかぎり、小沢の言葉のセンスが勝っていた。 07年7月の参議院選挙で、小沢率いる民主党は政権公約 「 三つの約束一の一つとして 「 戸別所得補償 」 を掲げ、自民党に圧勝した。
 選挙戦で小沢はさびれた農村にも足しげぐ通った。 まばらな聴衆を前に、ビール箱に乗っかって演説する姿は師と仰いだ田中角栄を彷彿とさせた。 その結果、小沢は1人区で自民党を6勝23敗の大敗に追い込んだ。 農業地帯を抱える郡部での大勝利を導いた 「 戸別所得補償 」 は一挙に認知されるようになる。
 もちろんネーミングだけが勝因ではなかった。 この年、自公連立政権下でコメ政策改革が本格的に始動し、農林水産省は 「 戦後最大の農政改革 」 と意気込んで 「 品目横断的経営安定対策 」 を実施した。 認定農業者は4ヘクタール以上( 北海道は10ヘクタール以上)集落営農組織なら20ヘクタール以上を優遇して支援する構造改革政策である。
 だが、多くの農業従事者は不安を覚えていた。 こうした選別的政策を経験したことがないうえ、米価が急落していたからだ。 03年産が2万2000円( 60キログラム )を上回る高値をつけた後、米価は毎年下落し、07年産は1万5000円近くまで落ち込んだ。
 「零細農家の切り捨てだ!」
 農家の不安心理をとらえた 小沢は自民党農政を糾弾 すると同時に、自民党を支持する農協組織へも周到にわなを仕掛けた 当時の農林水産省幹部の一人が回想する。
 「 ある日、民主党の山田正彦議員から、戸別所得補償を実施すれば、JAにどれぐらいカネが入るかあるいは入らないか質問された。 山田さんはどれだけ打撃を与えるかわかっていたわけです。 ということは、小沢さんも農民とJAの間にくさびを打ち込むことを意識して戸別所得補償を担いだに違いない 」
 山田に確認すると、 「 調査 」 を行っていたことを認めたうえで、 「 小沢さんとも話はしていたよ。 でもJAはこちらの動きをあまり意識してなかったんじゃないか 」 と言う。
 従来の補助金は農協組織を通じて交付されていた。 民主党が設計した戸別所得補償制度は違う。 国が各農家と契約を結び、カネも直接農家に給付する。 農協を経由しない、 「JA飛ばし」。 選別政策に反発する農家を取り込みつつ、返す刀でJAを斬りつける。 そんな離れ業を 「戸別所得補償」 が可能にした。
 参議院で民主党に過半数の議席を許した自民党は激しぐ動揺する。 次の総選挙に負ければ野党に陥落だ。 今やコメ改革どころではない。 農民票を呼び戻すため、これまで進めてきた農政改革の全面的手直しを始めた。
 不評の 「品目横断的経営安定対策」 は 「水田経営所得安定対策」 と名称ごと変更し、認定農業者の年齢制限を廃止するなど助成対象を大きく広げた。 さらに政府に34万トンのコメを買い上げさせた。 市場介入しない方針を翻したわけだから 「改革」 の自己否定に近い。 生産者側か責任を持つと改めたはずの生産調整( 減反 )も、農林水産省による行政指導を復活させて強力な圧力をかけた。 なりふり構わず禁じ手を繰り出した のである。
 自民党の迷走ぶりを印象づけたのが自公政権末期、石破茂農林水産相の改革騒動だ。 「 選択的減反 」 ( 減反に参加するかどうかを農家の判断に委ねる方法 )に石破が言及したことに、強制的減反を死守したい自民党農林族が激しく反発。 党内で議論が紛糾し、結論がまとまらないまま総選挙に突入、ついに政権の座から引きずり降ろされた。


 

 政権交代で誕生した鳩山由紀夫政権は農林水産相に 赤松広隆 を起用、副大臣には 「 農林漁業再生プラン 」 以来ずっと農政にかかわる 山田正彦 を配した。
 政権交代は 「世替わり」 である。 政務三役の初めての会議が開かれる直前のこと。 赤松大臣がいる前で、山田副大臣が農林水産省事務方トップの井出道雄次官に向き直り、こう言い放った。
 「次官、君はこれまで民主党の戸別所得補償政策を批判してきたではないか。 マスコミには政権が交代しても前言は撤回しないと言ってるそうだが ……」
 井出は言葉に詰まった。 構わず山田が追いつめる。
 「次官、前言を撤回するのか、しないのか、はっきりしてほしい」
 「…… 前言を撤回します」
 井出次官は山田副大臣に向かって深々と頭を下げたという。
 「 食料・農業・農村基本計画( 農業基本計画 ) 」 の審議風景も様変わりした。 日本の農政の基本方針を定める重要指針で5年ごとに改定される。 第三回農業基本計画は10年の策定に向け、自公連立政権時代からすでに審議が始まっていた。
 ところが 民主党が政権を握った途端、 「使用禁止用語」 が設けられた。 「JA」 「担い手」 「構造改革」 …… これらの言葉を使うことはまかりならんというわけだ。 審議に参加していた委員の一人は 「 政務三役が指示、したかどうかは知らない。 役所が慮ったのかもしれない 」 と話す。
 与党幹事長となった小沢は 「 政府と党の一元化 」 を唱え、 予算編成に絶大な影響力を持つようになった。 狙いをつけたのは農水省の土地改良事業。 自民党政権時代は5000億円近い巨額予算がついた。 小沢はこれを半分に削ると言い出した。
 ここにも政界事情が絡んでいた。 各地で農地の基盤整備を担う 「 土地改良区 」 の政治組織 「 全国土地改良事業団体連合会( 全土連 ) 」 は自民党の有力な支持団体。 民主党が政権を取った後も、農林水産省出身の組織内候補を自民党公認候補として参院選に出馬させようとしていた。
 「 政治的態度が悪い 」 ―― 小沢は激怒した。 「 予算半減 」 に泡を食った全土連は、会長の野中広務が乗り出し、小沢幹事長に面会を求めた。 政界を引退したとはいえ、かつて官房長官や自民党幹事長を務め 「 自民党のドン 」 とまでいわれた大物だ。 しかし小沢は面会をあっさり拒絶する。 結局、土地改良予算は半減どころか63%もカットされた。 野中の面目は丸潰れだ。 カット分は戸別所得補償へと回された。
 「 バラまきだと批判するが、自民党は内心、戸別所得補償が定着するのが怖いんですよ。 自民党が入り込む余地がなくなるから 」 。 民主党 「 食と農林漁業再生・強化プロジェクトチーム 」 の一川保夫座長は、土地改良予算をひっぺがして財源を捻出するような荒業は小沢にしかできないとも言う。
 確かに、鮮やかなまでの自民党潰しは小沢一郎抜きに語れない。 しかしながら、 「 戸別所得補償 」 の切れ味が鋭ければ鋭いほど、 「農業」 のための政策としてどこまで真剣に議論されたのか疑念が湧く。


 

 野党時代、すでに首をかしげることは起きていた。 当初民主党は全農家を助成する戸別所得補償導入と併せて 「 減反は廃止する 」 と言っていた。 07年の参院選マニフェストにも明記したが、選挙に圧勝した後、参議院に提出した法案には 「 減反廃止 」 は盛り込まれていなかった。 以後、 「 減反廃止 」 の主張は消える。
 キヤノングローバル戦略研究所の農政アナリスト、山下一仁が興味深い考察をしている。 法案とりまとめ責任者だった平野達男が農林水産省土木技官出身であることが謎を解くカギだという。 というのも、 農水省内で土木技官グループが握る巨額の農業公共工事予算は聖域化している。 仮に減反を廃止すれば、米価は急落し、戸別所得補償に必要な財源は莫大となる。 聖域だった上木技官陣の予算も大きく削られる。 そんな損得勘定か 「 減反廃止 」 撤回の背景にあったのではないか。 そう推察する山下は元農水省幹部で農村振興局幹部を務めた経験もある。
 コメ農政の一大テーマである減反問題がこんな事情に左右されたとすれば論外だが、政策決定の経緯がよくわからないという民主党の致命的欠陥は政権交代後も変わらない。 典型は昨年秋に菅首相が突然ブチ上げた 「TPP( 環太平洋経済連携協定 )参加」 である。 関税の撤廃・大幅引き下げが前提となるTPPへの加盟は、戸別所得補償制度を創設した行動と明らかに矛盾している。
 「そもそも民主党政権が策定した農業基本計画は、親に当たる農業基本法に反している疑いが強い」
 そう指摘するのは名古屋大学の生源寺眞一教授である。 戸別所得補償制度の創設を高らかにうたう基本計画は 「大規模化・生産効率向上」 を旨とする基本法とは逆を向いていて、 政策体系としては確かに支離滅裂である。 コメ政策を長年研究する佐伯尚美・東京大学名誉教授も現状を嘆いている。