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 農薬やカビ毒に汚染された事故米が、食用として菓子製造や酒造会社、福祉・医療施設など375ヵ所に渡っていた。 なぜこんな問題が起きたのか? どうすれば再発を防げるのか? 主食のコメの安全を取り戻すには何か必要か?




 汚染された事故米が食用として転用されていた問題は、消費者のコメに対する信頼を大きく傷つけることになった。

 最近会った農民が悔しそうに言った。 「安全なコメ作りをしてきたのに、風評被害が起きなければいいが …」。 米穀業界はもっと深刻だ。 ある業者は 「販売先から 『 本当に大丈夫か 』 と聞かれる。 契約が破棄されないか心配だ」 と嘆いた。

 事故米は、93年に合意したウルグアイ・ラウンドで、コメを開放しない代わりに毎毎77万トンの輸入が義務づけられ、中国などから入ってきたミニマムアクセス( MA )米の一部だ。 MA米は国産米に影響しない形で、焼酎・みそなどに使う加工米や、飼料、国際援助に回されている。 しかし、保管中にかびが発生したり基準値を超える農薬が検出されたりすると、事故米として工業用など用途を限定し、売却されている。

 それが、なぜ食用に回ったのか。 国が公表した流通経路を見ると、食用としてコメを扱ったことのない数多くの業者が介在していることに気づく。

 実は、コメは誰もが扱える商品ではない。 この世界では取引は現金で行われる。 もし60キロ約1万5千円するコメを60トン扱いたければ、約1500万円の現金を用意しないといけない。 精米するなら施設が必要で、億単位の金がかかる。 しかも、別の業者に転売しても60キロ当たり70円程度しかもうからないといわれる世界なのだ。

 食糧管理法で国の管理下にあった時は、米穀業者にうまみもあった。 だが、法律の廃止で販売が自由になり業者は衰退。 スーパーや外食産業が生産者と直接取引するのが主流になった。 安全性だけでなく、他の産地のコメが混じっていないかDNA鑑定を求められるなど、管理は厳しい。 それがコメの安全と安心を保証しているのだ。

 今回、流通には雑多なブローカーが介在した。 三笠ブースが1キロ9円で買った事故米はブローカーを転々とし、最後には1キロ370円につり上がっている。 コメは実際には動かず、伝票操作だけで利ざやを稼ぐという錬金術のようなやり方だ。 こんな業者が入り込んだのは、米の販売が許可制から登録制、届け出制へと規制緩和されたことと無縁でないかもしれない。

 事故米は、正当な売り先がなければ産業廃棄物として焼却処分されるべきものだ。 買い手がいないのに国が無理に流通させようとすれば、そこに悪徳業者がつけ込むスキがうまれ、不正を引き起こす。

 MA米は95~07年度に計865万トンが輸入され、現在129万トンが倉庫に眠っている。 コメは低温管理なら約7年持つ。 事故米にカビが目立つのは、年間100億円以上にのぼる保管コストを削減しようと、管理に緩みがあっだのかもしれない。

 気になるのはユーザーに病院や老人ホームがあること。 社会保障費の圧縮で給食費の削減を強いられ、少しでも安いコメを求めたのだろう。 納入業者もより安いコメを仕入れようとするあまり、注意とチェックがおろそかになっだのではないか。

 一連の経過を見ると、あまりに安いコメに誰も疑念を抱かなかったことが問題だ。 戦前、大阪・堂島では事故米も扱ったようだが、オープンな取引によって、それなりの値段で売買された。 だがMA米は、輸入の詳細や用途別の流通など実態が一切公表されない。 食用米、加工米、事故米も含め市場でのオープンな取引の必要性をこの事件は教えているのかもしれない。




 今回の汚染米問題が、毒入りギョーザ事件や産地偽装と異なるのは、明らかに行政が生み出したものだという点だ。

 そもそも、なぜ農林水産省は問題のあるコメを金を出して買つたのか。 いくらミニマムアクセス米の輸入が義務づけられているといっても、食べられないコメまで輸入する必要はない。 最初の段階で全部返品していれは、今回の問題はなかった。 輸入ノルマの達成だけを優先し、コメが食品だという意識が希薄だったとしか思えない。 工業用にしか使えないコメを、三笠ブースのような食用米の販売会社に売ったのも不可解だ。 転用される危険があって当然ではないか。 「食品に使われるとは思わなかった」 では通らない。

 厚生労働省の対応も問題だ。 食品衛生法違反の食品は、輸入も販売もできないので、輸入検疫で問題があるとわかれば積み戻しにするのが原則だ。 農水省が汚染米を輸入するのを、なぜ厚労省は認めたのか。

 汚染米からは、基準値を上回る農薬成分メタミドホスや、カビ毒アフラトキシンB1が検出された。 農水省や自治体は、基準値は超えているが、健康被害の心配はないと主張している。

 食品衛生法の残留基準値は、一生食べ続けても害がない量なので、基準の5倍程度のメタミドホスの入った食品を一度や二度食べても問題はないというのは、一応の根拠はあるかもしれない。 だが、汚染米が数年前から流通していた可能性もある。

 残留基準値は、体重50キロの成人男性を基準に決められている。 子どもや病人、老人の場合は、もっと少量でも健康被害が出る恐れがある。 保育園や老人保健施設にも汚染米が流れていた以上、いまは見つかっていないが、健康被害があっても不思議はないという慎重な姿勢であるべきだ。 「健康被害が出ていないから問題はない」 と開き直っていいはずがない。

 基準値を決めた厚労省が、農水省のこうした対応に、きちんと異を唱えないのも奇妙だ。 県に回収命令を出させるだけでなく、食品衛生法違反であるとの大臣声明でも出すべきだった。

 また、アフラトキシンは発がん性が非常に強く、メタミドホスと一緒にはできない。

 農水省は本来、農林水産業の育成が仕事だ。 食品のリスク管理は厚労省の責任だが、目立った動きがない。 厚労省や食品安全委員会は何のためにあるのかと、多くの国民は感じている。

 三笠フーズなどの販売会社に非があることは言うまでもないが、企業のモラルを高める努力を怠つてきた行政の責任は大きい。 現行のJAS法では、食品の表示違反に罰則を科せられるのは、改善を指示し、命令し、それでも違法表示を続けた場合だけだ。 改善命令に従えば、何のペナルティーも受けない。 泥棒が盗んだものを返せば、何の罰も受けないというのと同じだ。 実質的に野放しでは、企業のモラルは向上しない。

 食品行政には、消費者の視点が不可欠だ。 今度創設される消費者庁に、食品安全基本法が移管されるのは一歩前進と言えなくもない。 だが、食品安全委員会は内閣府に、食品表示Gメンは農水省に残り、食品安全の規格基準は厚労省の管轄のまま。 これでは意味がない。

 少なくとも、食品表示にかかわる法律、組織、人員はみな消費者庁に移管し、一本化すべきだ。 食品安全委員会に消費者を参加させ、消費者が直接、食品行政に対して異議申し立てや措置請求ができる制度も整備する。 消費者の安全の権利、知る権利などを保障する制度をつくらない限り、今回のような問題の再発を防ぐことはできない。







 

<在庫急増> 農家・米国に配慮

 93年12月。 WTO( 世界貿易機関 )の前身であるガット( 関税貿易一般協定 )の多角的貿易交渉 「ウルグアイ・ラウンド」 が決着した。 日本はコメ市場の開放を受け入れ、毎年数十万トンを 「ミニマムアクセス」 ( MA )米として輸入することになった。

 「減反や転作強化が必要になるが、安い輸入米と戦えるコメ農家を育てるしかない」

 ジュネーブで農林水産審議官として交渉した塩飽二郎氏( 75 )は当時、そう総括した。
 当時のコメの国内消費量は年間約1千万トン。 コメ余りのなか安い輸入米が増えれば価格は暴落しかねない。 MA米は95年から国内消費の4%( 約40万トン )で始まり、段階的に8%( 約80万トン )まで増えることになった。

 しかし、コメ農家保護を優先した細川連立内閣は合意直後、 「コメの輸入に伴う転作強化はしない」 と閣議決定する。 輸入米を国産と競合する主食用としては事実上流通させない――。 農業関係者が市場開放に猛反発し、退陣要求にまで発展したことを受けての政治決断だった。

 「主食に回さず加工や援助用で消化するなんて、そんなマジックあるなら教えてくれ」。 交渉から帰国した塩飽氏は閣議決定に驚き、省内で担当者に詰め寄ったが、誰も答えは持ち合わせなかった。

 恐れたとおり、MA米の在庫は急増した。 08年度末までの累計輸入量は865万トン。 みそや焼酎など加工用に319万トン、海外援助用に222万トンを回したが、在庫はピーク時には203万トンに達した。 売買益から保管料を差し引いた収支は、95~06年度の累計で716億円の赤字だ。

 「事故米問題で、日本の消費者は有害なMA米の輸入停止を政府に求めている」

 今年9月、ジュネーブで開かれたWTOの会合で、農水省OBの篠原孝・衆院議員( 民主党 )はファルコナー農業交渉議長にそう質問した。

 議長は「 MAは義務ではない。 一定量を輸入することを許すという意味だ」。 WTOに加盟した中国にもコメのMAがあるが、輸入量はほぼゼロ。 国内価格が国際価格より安いためで、主要国から批判は出ていない。

 日本は、なぜ余るほど輸入米をかき集めたのか。

 政府は94年、コメは国が輸出入を管理する国家貿易品目であり、MA米を 「輸入を行うべきものと考える」 として義務化の見解を示した。

 コメ市場開放を強硬に求めたのは米国だった。 対米交渉に携わった農水幹部は、 「国家貿易で米国産米を確実に買うと米国を説得した。 輸入を義務にしないとは言えなかった」 と証言する。 義務化は対米公約の色合いが強い。

 98年夏。 高木勇樹・農水事務次官( 65、現農林漁業金融公庫総裁 )は、コメの「 関税化」 を受け入れ、MA米の輸入を抑制しようと決意する。 自民党議員や農業団体と慎重に調整した結果、MA米は8%から7.2%に減った。 それでも00年度以降のMA米の年間輸入量は約77万トン。

 協議が決裂した今年7月のWTOドーハ・ラウンド交渉。 日本が一時は受け入れを覚悟した農業合意案は、MA米が100万トン超に拡大される内容だった。 いずれ再開される交渉の行方次第で、矛盾はますます膨らみかねない。

<検査体制> 性善説で甘い指導

 07年10月、青森農政事務所の職員2人が青森市内の米販売会社を訪ねた。 ぬかとコメを混ぜて肥料を作る様子をカメラで撮影するためだ。 材料は米国産のMA米270キロ。 2ヵ月前に青森・八戸港の倉庫でカビが発生し、同社に売却されたものだった。

 「物品の事故処理要領」。 保管中にかびたり、災害などでぬれたりして食用に適さなくなった国産米やMA米は、 「事故米」 として全国の農政事務所が要領に従って処分する。 コメの生産・流通を国が管理した旧食糧管理法時代からの古いマニュアルだ。

 だが、非食用として処理されたかの確認手段は、 「必要な調査ができる」 という売買契約書の項目と、適正処理を 「指導すること」 とある程度。 複数の担当者で相互チェックしたり、写真で記録に残したりするかどうかは、事務所ごとの判断に任された。

 24日に強制捜査が入った三笠フーズ( 大阪市 )は調査をすり抜けた。 調査担当者は出荷先への裏付けをとらず、帳簿の改ざんを見抜けなかった。 福岡県筑前町にある同社工場のコメ加工現場には、福岡農政事務所職員が5年間で計96回も立ち会っていた。 農水省の町田勝弘・総合食料局長は 「認識が甘かった。 性善説で検査をやっていた」 と釈明する。

 事故米に着色などの厳格な処理をしなかった理由を、町田局長は 「できるだけコストをかけないという考えがあった」 と説明した。 ある局長経験者は、 「在庫分はどうせ主食に回らないという甘さもあったのだろう」 と悔やむ。 06年に残留農薬基準が見直され、輸入済みMA米の多くが新基準で事故米となったこともずさんな管理に拍車をかけた、とみられる。

 農水省は売買契約で、転売先を工業用のりやバイオプラスチック製造業務の実績がある業者に限っていた。 だが、のりの原料にはコーンスターチを使うというメーカーは、 「コメを使うメーカーはあまりない。 価格が高く性質も適さないからだ。 のり原料として政府が売ることに無理がある」 といぶかる。

 農業問題に詳しい山下一仁・東京財団上席研究員は 「事故米は、仕入れ値が通常の加工米の6分の1程度、これが食用米に化けると30倍以上の売値になる。 この価格差では横流しの誘惑は高いと見て、二重三重の対策を考えるべきだった」 と指摘する。

 農水省によると、03年度から08年6月までに農政事務所を通じて販売した事故米は約7400トン。 このうちMA米は5285トンある。 同省は事故米の売却中止を決め、流通分についても追跡調査しているが、02年度以前の事故米までは手が回っていない。

<食用流通> 利ざや誘惑安全網なし

 三笠フーズから転売された中国産もち米が消費者の口に入るまで、10の米穀仲介業者や米穀加工業者が介在したケースがあった。 政府から1キロ平均約9円で購入した米を、三笠ブースはペーパー会社に転売し買い戻した形にし、この工作で約125円までつり上げたこともあったという。

 コメは95年に旧食管法が廃止されるまで、許可を受けた卸売業者や小売業者しか販売できなかった。 生産者→集荷業者→卸売業者→小売業者→消費者と流れる仕組みが政府の管理下でできていた。

 だが、新食糧法で規制が緩和され、04年の改正を経て流通がほぼ自由化された。 廃業する業者が出る一方で、転売で利きやを得ることに特化する業者も残った。 三笠フーズルートのコメを扱った関西の米穀販売業者は 「このくらいの価格でないかと得意先に聞かれて探し、買って売る。 自分の前後の業者しかわからない」 と話す。 この米穀業者に売った北陸の業者は最近、流通経路をさかのぼって調べた。 「四つ前までは分かったがそれ以前は無理だった」 という。

 しかし、1キロ100円台前半のコメが、なぜ食用と信じられて流通したのか。 ある専門家は 「くず米を売買する感覚だったのではないか」 とみる。 くず米とは、安全性は問題ないが粒が小さいコメで、一般の食用とは区別される。 主に米菓やみそ、酒の原料として使われる。

 高崎経済大学の吉田俊幸学長( 農村政策 )は 「コメを誰でも扱えるよう規制緩和した時点で、不正流通を封じるセーフティーネット( 安全網 )が必要だった」 と指摘する。