教育を通して
 「社会に生きる個人」 の意味、
   「食」 の意味を教えること




 戦後の日本において、行政的に失敗したものは、正直言って農政と教育 であると私は常づね思っている。 言い換えれば、少なくともこの二つの分野における行政のあり方は間違っていたのだと言っても言い過ぎではない。 今日の農業のありさまを見れば、農政の失政は誰から見ても明らかであり、教育もまったく同じことである。 見よ、今日の教育の現場を。 小学校においてすでに学級崩壊が始まり、登校拒否は全国的問題に発展し、いじめや校内暴力は日常茶飯事、学校で教わることより塾での受験対策が主となり、先生は先生でやれワイセツ罪だ、それ酒酔い運転だといって捕まる。

 こんな教育を良しとして改めもせず、先生たちの言うがままに野放しにし、荒れに荒れた教育の現状をつくってきたのも国の教育行政の失政である。 熱血先生は消え、正論派は消され、先生たちの所属する組織と組織は思想の違いから絶えずいがみ合い、教育の現場はその醜い争いの場になった。 「教育」 という二文字を解体して、その意味を問い直せば、 「教える」 ことと 「育てること」 とである。 ところが 「教える」 ことは学習塾のほうがレベルが高く なり、 「育てること」 とに至っては行儀や躾を見てもわかるとおり、家庭でも学校でももうほとんどできなくなってしまった。 こうして、学校から 「教」 と 「育」 が消えてしまったのであるから、どうしようもない。

 いい例のひとつに運動会がある。 ひと昔前は、 「100メートル競走」 とかいうのがあって、 「ヨーイドン!」 で生徒はいっせいに全力で走る。 そして速い者から順にテープを切って、1等、2等、3等などに順位が決まると、1等はノート2冊、2等はノート1冊、3等は鉛筆3本なんて賞品がもらえた。 これがほしくて、昔の私たちは一生懸命走った。 ところが今は、これが教育的配慮から考えて駄目だという。 1等、2等、3等などと順位をつけると、それは差別化になるからいけないのだという。 馬鹿言っちゃいけない。 子どもたちには、負ける悔しさというものも体験させてやらなければいけないのだ。 それをバネにして発奮して、強くなっていくのである。 このようなことになったのは、子どもたちに問題があるのでなく、教育指針をつくる大人たちに責任がある。

 こんな小学校の話も聞いた。 修学旅行とか夏休み、冬休みなどで集団で外泊する時、男子生徒が何十人も一緒に入浴する場合、全員が持参した海水パンツ( 水泳パンツ )をはいて風呂に入るというのである。 いったい何でぇ? 昔の私たちはそれこそ全員がオチンチン丸出しにして、裸のつき合いで湯に入り、湯をかけ合いながらキャーキャーと風呂を楽しんだものだ。 先生たちは風呂の中ではオチンチンを隠すのがエチケットだとでも思っているのだろうか。 何か間違ってるなあ、今の先生たちは。 教育関係者たちは。 これでは、社会における集団のつきあいという意味を子どもたちに教えられないよ。

 そこで今、教育に何か早急に必要かというと、まず、道徳教育の復活 を行うことである。 それを通して子どもたちに礼儀、作法、善悪の区別、恥じること、誇れることの意味、人を教うこと、人のためになること、社会に貢献することなどの大切さを教えるのである。 また、IT時代だといって、小学生からパソコン教育や実習などを導入したならば、とり返しのつかないことになる。 小学生や中学生の時は、友人と友人のつきあいによって生き方や考え方などが形成されてゆくのである。 これが機械を相手にして自分の生き方や考え方を覚えていったのでは、将来この国を背負って立つ人間はどんな心理を抱いて育っていくことになるのであろうか。 そんな育て方をしていると、オウム真理教事件のようなことの再現をも危惧される。 まったく恐ろしいことである。

 次に 集団生活をできるだけ多く体験させること である。 今の学校や家庭の躾では、 甘やかすことが多く、あまりにも自己中心主義的性格を持った人間に育ってしまう。 そこで、仲間だちと集団で生活をともにして協調心や友情、互助精神などの心を育てる教育もしてほしい のだ。 夏休みには仲間たちと10泊ぐらいの旅に出るとか、冬休みには皆で何泊もスキーに行ったり、社会奉仕に出たり、サークルに入って積極的に合宿に参加するとかである。 そういう場を通して、人と人とのつきあい、集団の中の個人の立場、協調性、進んで行う奉仕活動などを教えていくことである。 この期間はもちろん、厳しい生活、厳しい躾を行わなければならない。

 さらに、 「食べることの意味」 を小さい時から教えなければならない。 人はなぜ食べるのか、ということを教育の場を通して小さい時から数えていかなければならない。 食べ物をつくる大切さを教えながら、それを食べていく大切さも教育していかなければならない。 食べた物からはエネルギーが得られる。 そのエネルギーをさまざまな生産活動に生かして、社会のため、日本のため、人のため、家族のため、自分のために有効に使わなければならない。 それが食べるための意昧であり、食べ物を腹いっぱい食って、何もしないで漫画の本ばかり読んだり、遊びほうけていたり、元気なのに寝てばかりいたのでは、 「ウンコ製造機」 と変わりない。

 教育の場で食糧の生産、とりわけ 「農」 の大切さも教えなければならない。 とくに中学生や高校生といった自活できる年齢になったならば、すべての学生に、土づくりから始まり、田植えや稲の栽培、野菜づくり、家畜の世話などを授業として義務づけることも効果があるだろう。 普通高校では3年間のうちの半年間は近くの農業高校に通わせ、農の体験、とりわけ食べ物を自分たちの手でつくらせる体験をさせてやるなど、思い切った発想の転換が必要である。





   


 世界的に 「食の危機」 が問われている。 料理研究家の傍ら安全で良質な国産食材を残そうとの思いで、 「大豆100粒運動」 や 「良い食材を伝える会」 などを主宰する辰巳芳子氏。 食と農業を守るために今何か必要か。 持論を聞いた。

 ― 現代人の生活の中で 「食べる」 という行為が、なおざりになってきているように思います。
 そうなる原因は 「なぜ人は食べるのか」 ということを、生きてきたどの段階ででも考えていないからです。 人を人たらしめるのが命。 これを全うさせるのに大切な仕組みが、呼吸と食なのです。 食べるということは、命の仕組みの中に厳然と組み込まれている。 その法則の前に、私たちは謙虚に従わざるをえない。 だから、食べるべきように食べていかなければならないのです。
 ― 「食べるべきように食べる」 とは、どうすればよいのですか。
 白分たちが生きていかなければならない土地柄というものが生存の条件だと思いますが、その条件に則して食べていくことが必要ですね。 日本という風土に則して食べていく。
 たとえば同じコメでも、その土地柄を生きていくのに必要な質というものが備わっています。 沖縄の人と北海道の人との体は違うと思う。 姿、形など代々受け継いだDNAの中に暑さ寒さへの適応能力が養成されている。 その適応能力を守るためにもその土地で収穫された物を食べることが、いちばん理にかなっています。
 ― 特に若い人の食生活が乱れているようです。 食生活が崩れると、味覚も正常に働かなくなります。
 人間の味覚というものは学習なんです。 人間はもともと腹が減った、のどか渇いた、塩辛いな、甘いなと、そのぐらいしかわからないんです。 けれども、疲れたときに、ああちょっと味噌にネギを刻み込んで、こうクリクリっと混ぜて熱いご飯にのっけて食べてみたいな、といったように食べ方の欲求を持つことができるというのは、どこかで学習をしているからなのです。 学習が少ないと、そのときそのとき、本当に何が自分に必要か、自分の命に何を与えていけばよいのかを判断できなくなる。
 ― 人間は、それを能動的に学習してきたわけですね。
 その学習がイコール食文化だと思う。 それはある局面では生き死にを懸けてやったと思いますよ。 なかなかの学習だったと思う。 学習することを親から教わらない若者たちは、食べ方も非常に狂っていますね。
 ― 食生活の調査をなさったそうですが、いかがでしたか。
 女子学生から妊婦まで100人ぐらいを対象に、朝・昼・晩と1週間、何を食べたかを報告してもらいました。 朝でいちばん多かった答えが菓子パン。 次いで中華まんじゅう、PETボトルのお茶。 昼は学食や社員食堂で済ませて、ひどいケースになると夜、喫茶店に行ってお菓子と紅茶で終わり。 つまり、人間の食に対する欲求があまりにも足りない。
 以前、産科のお医者様から聞いたんですが、この頃2500グラムに達しない低体重児が生まれることが多くなっていると。 そういった子は病気にもなりやすいそうです。
 ― 食生活に原因があると。
 非常に大きな影響を与えていると思います。 これは由々しいことですよ。 それも、妊娠中でかったるいからそんな食べ方をしているのではなくて、学生時代からそうなの。 だからまったく女の体ができてない。 男の子も同じような物を食べているから、精子の力が弱いでしよ 。
 昔とは違う日本人が生まれているんですよ。 働けないなら、経済力なんかにつながらないわよ(笑)。 民族としての受け皿の底が抜けちゃったように感じますよ。
 ― こういった危機的状況を解消する食生活の改善策はありますか。
 家庭だけの問題ではなく、社会問題も絡むから非常に複雑で難問。 原因を正して、それを直していくには、うんと時間がかかっちゃう。 だから、できる人が“大努力”して、若い人に本当においしいものを食べさせてあげることですね。 食べ物と自分の命の仕組みの関係というのはこういうことなのか、その手応えを教えてやらなきやダメ。 だから、おみおつけとご飯でいいのよ。 実だくさんのおみおつけを作ってほしい。 これなら簡単ではないですか。
 そういえば、 「日本の女性がいちばんお料理をしない」 と、服部幸應先生がおっしゃっていました。 克己心がいるんですよ、料理には。 毎日ちゃんとお料理していこうとすれば、自分を励まさなければ続かない。 作るだけじゃなくて、材料を買いに行ったり後片付けもやるでしょ。 手早い人でも4時間かかるわよ。 どのように合理的に必要な栄養を食べていくかは、漫然と食べていてはわからない。 よっぽど分析力がないと。
 ― 先ほど日本人は底が抜けたようだとおっしゃいましたが、なぜ、そうなってしまつたのか。
 食育なんかでも、方法論ばかり言うんです。 日本人は、方法論は非常に事細かになかなか綿密に考えていく人が多い。 でも、 「それはなぜなのか」 ということを探求していく、のはちょっと苦手ですね。 日本人は非論理的な民族であると言われているじゃないですか。 それは、なぜかということを究めないからです。 だから、つねに後手に回らざるをえないんですよ。 国際会議なんかでもイニシアティブがとれない。




 ― 本質を見極めていないから、うろたえてしまう。
 そう思いますね。 今の混沌とした経済も、見極めなければならないものを見極められなかったからだと思います。 方法論のところで解決しようとやっているから、みんな蜂の巣をつついたようになるんです。 そうでなくて、根本的に人間と経済の関係をもっと本質からきちっと考えたら、このような騒ぎにはならない。
 大学でも専門技術ばかりを重視して、哲学や論理学を教えないところがある。 だから、事象を判断できる見抜く目を、全然備えさせてやっていない。 学校教育の怠慢ですね。
 ― 最近の健康ブームは、ダイエットなどやせることが中心ですね。
 海外から戻った知人が話していましたが、 「日本に帰ってきたら、生命力が希薄な若者が多くて驚いた」 ってね。 私のイタリア料理の先生は、 「日本の女の子は本当の恋ができない」 と言っていました。 体ができてない、生命力がみなぎっていないと本当の恋愛はできません。




 ― ところで、日本の食料自給率(カロリーベース)は41%と低い。
 食料自給率41%なんていうものは、独立国じゃないです。 日本人100人を支えている農業従事者は3人。 彼らの年齢は65~75歳。 5年経ったら、もう70代の人は働けないわね。 となると、日本の自給率は半分です。 半分になって。 そのときこの国はよその国の食料を買えるだけの資金を持っているでしょうか。 5年先は必要な食料が倍の価格になると思う。
 ― 今から自給率を回復させるにはどうしたらよいでしょうか。
 休耕田、休耕地というものが、農耕地全体の30%もあるそうです。 それらの活性化が5年後の日本を支えられるかどうか、という話です。 でも、さらに高齢化が進めば、休耕地を1から耕し直すことができなくなってしまいます。 そこで、ひとつのアイデアですが、まず自衛隊の力を農業に投入してもらい、その後で民間が担っていくのはどうでしょうか。 兵役の代わりに“農役”ですよ。
 ― 確かに、食料も国の安全保障の一環ですよね。
 これからは風土に則して食べていくと同時に、時代に則して食べていく、時代を先取りして食べていくということが大事ですね。
 日本は今食べ物を捨てています。 魚の中骨、肉を全体を食べていない。 骨とか筋とか、そういう物を食べていないですね。 だから今から食べる稽古をしなきやダメ。 魚の小骨を炊き出して、それで野菜を煮るとか、味噌汁を作るとか、そういうことをしていけば生き延びられます。
 それからコメばかりに頼らないで雑穀を食べなきゃいけない。 戦争の前までは、農業従事者は雑穀で生きたのよ。 それと白いおコメではなく胚芽米を食べること。 私たちは麦、アワ、ヒエ、それからそば。 いろいろなものを満遍なく食べていく稽古をしなきやダメですね。 けれども、食というのは急に切り替えられない。 だから食べ習うことで、新たな食習慣を形成することが必要なのです。







 私たちが毎日食べている米飯やパン。 これらの 「主食」 を控えれば、肥満や糖尿病などさまざまな生活習慣病が予防・改善できます。 江部康二医師が理事長をつとめる京都・高雄病院での10年以上の経験をもとに、糖質制限食の効果をご紹介します。 「変わった食事」 と思われがちな糖質制限食が、じつは 「人類の健康食」 であることをご説明します。




江部康二(えべ・こうじ)
医師、高雄病院理事長。 1950年生まれ。 京都大学医学部卒業。 高雄病院での臨床活動の中から肥満・メタボリックシンドローム・糖尿病克服などに画期的な効果がある 「糖質制限食」 の体系を確立。 ブログ 「ドクター江部の糖尿病徒然日記」 を発信中。
 約700万年間の人類の歴史のうち、穀物を主食としたのは、農耕が始まってからの約1万年間にすぎません。 それまではすべての人類が糖質制限食を実践していました。 これは私たちの食生活を考えるうえで非常に大事なことなので、少し掘り下げて考えてみましょう。

 人類の食生活は 「農耕が始まる前」 「農耕以後」 「精製炭水化物以後」 の3つに分けることができます。 この3つの変化がきわめて重要な意味を持っているので、それ以外のことはすべて枝葉末節と言い切ってもよいくらいです。 その重要な意味というのは、血糖値の変化です。

 血糖値を切り口にして人類の食生活を考えてみると、鮮明な変化が見えてきます。

 人類の歴史のうち農耕が始まる前の約700万年間は、食生活の中心は狩猟や採集でした。 米や小麦などの穀物は手に入らなかったので、誰もが糖質制限食を実践していたといえます。

 このような糖質の少ない食生活なら、血糖値の上下動はほとんどありません。 例えば、空腹時血糖値が100mg/dl( ミリグラム・パー・デシリットル )程度とすると、食後血糖値はせいぜい110~120くらいで、上昇の幅は10~20程度の少なさです。 これならインスリンの追加分泌はほとんど必要ありません。

 次に、農耕が始まったのが約1万年前です。 人類は狩猟民から農耕民になったとき、単位面積あたりで養える人口が50~60倍にも増えました。 しかし、収穫した穀物を食べると血糖値が急上昇します。

 空腹時血糖値が100mgとして、食後血糖値は1400くらいで、上昇の幅は40もあります。 穀物を食べるたびに血糖値が上昇してインスリンが大量に追加分泌されますから、農耕以後の1万年間は、すい臓のβ細胞はそれ以前に比べて毎日10倍以上も働き続けなくてはならなくなったのです。

 さらに、18世紀に欧米で小麦の精製技術が発明されます。 白いパンの登場です。 日本では江戸中期に白米を食べる習慣が定着していきます。 すなわち、ここ200~300年間、世界で精製された炭水化物が摂取されるようになりました。

 現代では、少なくとも文明国の主食は白いパンか白米です。 精製炭水化物は未精製のものに比べて、さらに血糖値を上昇させます。 空腹時血糖値が100mgとして、食後血糖値は160~170くらいで、上昇の幅は60~70もあります。

 こうなると、インスリンはさらに大量に追加分泌されます。 頻回・大量分泌が長期におよび、すい臓のβ細胞が疲れきってしまえば糖尿病にもなります。 インスリンの分泌能力が高い人は、さらに出し続けて肥満になります。

 健康を維持するには、恒常性を保つことが重要です。 人類の食前・食後血糖値の恒常性は約700万年間保たれていましたが、農耕開始後の約1万年間は上昇幅が2倍になり、精製炭水化物を摂るようになった約200年間は23倍になり、インスリンを大量に分泌せざるをえなくなりました。




 それでは、農耕が始まる前の人類はいったい何を食べていたのでしょう?

 約700万年間、人類は狩猟・採集を生業としており、日常的な食料は、魚貝類、小動物や動物の肉・内臓・骨髄、野草、野菜、キノコ、海藻、昆虫などです。 ときどき食べることができたのは、木の実、果物、球根( 山イモなど )でしょうか。

 すなわち、高脂質・高タンパク・低糖質食です。 糖質制限食における3大栄養素の割合は 「脂質56%、タンパク質32%、糖質12%」 ですから、これが 「人類本来の食生活」 に近い比率だと思います。

 この700万年間は穀物がなく、日常的に摂取する糖質のほとんどが野草や野菜分の糖質です。 古くから野草や野菜は日常的に食べていたと思います。

 このことは、人類がビタミンCを体内で合成できないことからも推察できます。 動物性食品だけでは、ビタミンCが必ず不足してしまうからです。 野草にもビタミンCが豊富なものがたくさんあります。

 ちなみに、現在、糖質制限食で野菜を摂ることは、ビタミンCを確保するためにも重要な意味を持っています。 皆さんも適量の野菜( 最低ビタミンC必要量 )は必ず食べるようにしてください。 ただし大量の野菜は糖質量が増えるので要注意です。

 次に果物やナッツ類は、秋を中心に季節ごとに少量は手に入るので、当然食べていたと思います。 もっとも、当時の果物やナッツは野生種ですから、現在食べているものに比べたら、はるかに小さくて糖質含有量も少なかったと思います。

 そして、ジャガイモやサツマイモを人類が食べはじめたのは、農耕開始と同じ頃か、それ以降です。 山イモなどの球根は、さまざまな種類が山のなかに自生していたと思われるので、たまに運よく採集できたら食べていたと思います。




 人類がチンパンジーと分かれて700万年です。 その後、アウストラロピテクス属、パラントロプス属、ヒト属などの7属23種の人類が栄枯盛衰をくり返し、結局、約20万年前に東アフリカで誕生したホモ・サピエンス( 現世人類 )だけが現存しているわけです。

 ここで大切なことは、7属23種の人類はすべて狩猟・採集が生業だったということです。 つまり、農耕が始まる前の約700万年間は、人類皆糖質制限食であり、ヒトは進化に要した時間の大部分で狩猟・採集生活をしていたということです。

 したがって、現世人類の行動や生理・代謝を決める遺伝子セット( DNA )は、狩猟・採集の生活条件に適応するようにプログラムされていると考えるのが自然です。

 大ざっぱですが、人類の歴史700万年のうち、農耕が始まって1万年なので、穀物を主食にしている期間はわずか700分の1となります。 残りの期間は、人類の食生活は糖質制限食でした。

 くり返しますが、人類の進化の過程では 「狩猟・採集期間:農耕期間=700:1」 で、狩猟・採集期間のほうが圧倒的に長いのです。

 このように人体の生理・栄養・代謝システムにおいては、糖質制限食こそが本来の食事であり、穀物に60%も依存するような食事を摂るようになったのは、ごく短期間にすぎないのです。

 本来、人間は、穀物に依存するような遺伝的システムは持っていないということです。 しかし、人口の増加を支えるため、やむをえず穀物が主食になっていったものと考えられるのです。

 糖質制限食の基本スタンスは、長い歴史のなかで人類が日常的に摂取していたものを食べるということです。

 糖質制限食でも、 「適量の野菜、少量のナッツ類、少量の果物」 程度の少なめの糖質量は、大昔からときどき摂取していたもので、人体の消化吸収・栄養代謝システムにおいても許容できる範囲だと思います。

 山イモはさすがに糖質含有量が多いので、正常人はともかく糖尿人はやめておくほうが無難です。 正常人が、健康のためにスーパー糖質制限食を実践する場合は、糖尿人より多めの野菜、適量のナッツ類、適量の果物、適量の山イモなど球根、くらいまでの糖質量は許容範囲だと思います。