箸が使えない日本人



 地域の小学生との食事会に出たご高齢が、箸使いのお粗末を嘆いていた。 持ち方が定まらず上手に挟めない。 だから突き刺したり、口元まで運べず食器に顔を寄せたりする。 気になりだすと色々あって、 「どうにもねえ」 と案じ顔だった。
 箸使いへの苦言や意見は古くて新しい。 ずいぶん前にも永六輔さんが、料理番組に出るタレントがきちんと箸を使えないと叱っていた。 「親が教えていない。 先生も注意しない。 結局、いい年をして満足に箸が使えない」。
 最近の内閣府の調査も、お粗末を裏付けている。 18歳以上を対象に調べたら、持ち方を正しく答えられたのは54%だったそうだ。 2本のうち下の1本は動かさず、上のを親指と人さし指、中指で動かす。 そうした基本も、持ち方を知らねば始まらない。
 正しく持ってなお、箸には禁じ手が多い。 刺し箸、寄せ箸、迷い箸。嫌いなものをのける 「ね箸」 、食べながら人や物を指し示す 「指し箸」 など、手元の作法書によれば30を超す。 昔のお嬢様は、箸先を1センチ以上ぬらさぬようしつけられたそうだ。
 そんな箸に欧米人は神秘を見たらしい。 フランスの思想家ロラン・バルトは 「箸をあやつる動作のなかには、配慮のゆきわたった抑制がある」 と言った。 それに引きかえ西洋のナイフとフォークは、やりと刀で武装した狩猟の動作である、と。
 バルトはまた、箸に母性や、鳥のくちばしの動作も見た。 こんな川柳がある。 〈 栗飯の栗母さんの箸がれ 〉 森紫苑荘もりしおんそう。 うまく操れぬ大人が増え続ければ、優しい光景も消えかねない。


箸は食の入り口を司る大切な存在

 ある時、二人の外国人女性と日本料理屋で食事をした。 一人はアメリカ人、もう一人はベルギー人。 どちらも私の友人で、二人とも超のつく美人だ。

 テーブル席に座ったので、周囲の人たちの様子も見える。 まず目に入ったのが、斜め向かいに座っていた日本人の若い女性たち。 驚くことに、箸がまともに使えない。
 一人は、箸をまるで鷲掴みにするような持ち方。 あれでは、豆をつかむことは不可能である。 もう一人はやたらに上のほうを指にはさんで持っている。
 やれやれと思って、食る前からため息が出てしまった。

 さて、この二人の外国人はどうだろう。 実は私の箸使いに匹敵するかそれ以上に実に上手に箸を使うのである。 これを見て、私は日本人として恥ずかしくなってしまった。

 この箸の使い方もまた、日本人としての下ごしらえの一つである。 今の日本人のどれほどが、正確な箸の使い方をしているだろうか。
 私が小さかったころは、箸の使い方ひとつにしても、親父や母親に厳しく躾けられた。
 「迷い箸をするな」 「横箸をするんじゃない」 などと言われては、そのたびにバシンバシンと頭を叩かれたものだ。 ひどいときは、そんな行儀の悪い食べ方をするならもう食べるなと言われて、お膳ごと持っていかれたことさえあった。 当時の私はただ泣くしかなかったが、厳しく躾けられたおかげで、今こうして箸をきちんと使えるわけである。 日本人の食卓というのは、箸を使うというのが大昔からの教えであり伝統であって、この民族の食事行為の原点のひとつでもある。 しかし、今では日本人なのに正しく箸の使えない人が多い。 子どもだけでなく、大人の中にも箸の使えない人がいて、いったいこの人はどうやって飯を食ってきたのだろうか、そんな箸の使い方をして恥ずかしくないのだろうかと、他人事とはいえ、同じ日本人としてわびしくなってしまう。 ナイフとフォークが使えない西洋人がいたら、さぞかし奇異なことだろう。 当人だって恥ずかしいだろうし、周囲から見たら「 どんな育ち方をしたのだろう 」と思うに違いない。 箸の使えない日本人だって同じことである。

 たった二本の小さな木の枝のようなものだが、ここからさまざまな食文化が展開していくのだ。 箸は食の入り目を司る大切な存在であるのだから、そこを粗末にすると心身の入り口からもう堕落してしまう。


箸の作法

 ところで、箸の正しい使い方、つまり 「箸の作法 」をとやかく言っても、最近の若い人にはピンとこないかもしれない。 公式の席に出て恥をかかないように、いい機会であるからここで不作法とされる箸の使い方について、そのいくつかを簡単に述べておこう。

 まず 「迷い箸 」というのは、箸を持ちながら、何を取ろうかとあれこれ迷う様子を言う。
 「横箸 」とは、箸についた飯粒やおかずを、箸を横にして口でなめ取る行為。
 自分と他人との間で、おかずを直接箸から箸へ渡すことは 「仏箸」。 これは知っている人も多いだろう。 箸から箸へと渡すのは、遺骨だけである。
 一つの菜にいつまでも箸をつけるのは 「箸なまり」。
 大皿にご馳走が盛られているとき、自分の好物だけを選び出して食べる意地の汚いやり方は 「さぐり箸 」という。
 食べようとして一度箸をつけてから 「やっぱりやぁ~めた! 」などといって取るのをよしてしまうのは 「うら箸」。
 「もじ箸 」は、煮物などを箸を使ってあちこち据り起こして食べること。 まあこのあたりは、誰が見ても不作法だということはわかるだろう。
 食事のとき、飯とおかずを代わる代わる食べずに、あるおかずから、すぐに別のおかずに箸を移すのは 「膳なし箸」。
 食べ始めのときに、お椀と箸を一度に取ることは 「諸おこし 」といって、見苦しい。 まずお椀を取ってから次に箸を持つというのが正統とされる。
 箸を置く時に、それを逆に置くのは 「ちょうぶく箸」。 「にぎりこ箸 」は一方の箸についたものを片方の箸で取り除くこと。 あちこちの料理を次々に箸で取り、それをひと目で食うことは 「込み箸」。
 そして、あれこれ考えながら箸を持つのが 「思案箸」 …… おっと、これは冗談。
 そのほかにも、「 まわし箸」 「刺し箸」 「渡し箸」 「せせり箸 」といった不作法な箸の使い方がある。

 こんなことを書くと、 「なんてうるさいやつなんだ。 食事くらい好きなように食べてもいいじゃないか」 という人もあるかもしれないが、箸の正しい使い方は、法則や規則のような形で一方的に決められたわけではない。 長い間の日本人の食法と、精神文化の中で自然に箸の正しい使い方が固定されてきたものである。 そして、それが行儀や作法の基本として誰からとなく伝えられてきたのである。

 もしあなたの目の前で、ご飯茶碗に盛ったご飯の中に、ざっくりと垂直に箸を立てた人がいたら、あなたはどう思うだろうか。

 「なんと不作法なやつだろうか。 仏前への供え飯じゃないか。 いったいどんな教育を受けてきたのか」

 誰しもそう思うにちがいない。 作法というものは、そういうものなのである。 箸は単に飯を食べるためだけの道具ではないのだ。
 たかが箸の使い方と侮ってはいけない。 箸の使い方ひとつで、その人の育ち方がわかってしまうのである。


箸は日本食の原点

 そして、現代のように、箸の作法がすたれてしまったのはなぜだろうと考える。 そこで思い当たったのは使い捨ての箸ではなかろうかということだ。 子どもに手料理をつくることもせず、コンビニの弁当ですます家が増えているというが、そこに箸に対しての愛着などわくわけがない。 つまり箸は単なるゴミの予備軍にすぎないのであるから、迷い箸とか横箸などといっても通じるはずがない。

 昔の人は、箸を自分の一部として常に備えていた。 どこへ行くにも自分の箸を持っていき、食事が終われば「 ごちそうさま 」と言って、箸を手拭いでぬぐって箸入れにきちんとしまったのである。

 そんな日本人にとって、箸は手に持って使う道具でありながら、自分の体の一部分だったのである。 その名残は、人が死んだときにお棺の中に箸を一緒に入れたり、お棺の上に箸を立てたりする風習からもうかがえる。

 余談だが、昔は箸だけでなく、爪楊枝も自分の専用のものを持ち歩く人が多かった。 カツオの骨でつくった万年爪楊枝を肌身離さず持ち歩き、最後にはやはり遺体に添えてお棺の中に入れたのである。

 今の大人たちのほとんどは、箸は、口と食べ物の間の輸送手段みたいなものだと思っている。 つまり道具としてしか、箸を考えていないのだ。 このことは由々しきことである。 それは、次の世代に正しい箸の使い方が伝えられないことにつながり、このことに気がつかない人が増えてくれば、そのうち箸というものがこの国から消えるかもしれない。 気がついたらナイフとフォークだけになっていた、なんていうことになったら、この国の食の文化はいよいよもって奈落の底に着く。






  


 どんな席でも恥ずかしくない! 美しい箸や器の扱いを身に付けよう。
 知り合いの家にお呼ばれしたり、食事会に出席したりする機会が増える時季。 気がおけない女友達との集まりならいいけれど、目上の人と同席する場合は、失礼のないようにふるまいたいもの。

 「和文化は日本の四季や自然を大切にし、五感や知恵を活かして育まれてきたからこそ、人を包み込むような心地よさがあります。 そんな和文化の包容力を基本としたマナーを身につけていると、周囲からは魅力的に見えるものです 」

 特にフォークやナイフを使用する西洋料理と違って、使い慣れている箸を使う場合は気を抜いてしまいがち。 そこでどんな席でも恥ずかしくない、美しい箸の使い方を。
割り箸の割り方
割り箸は、体と水平にして上下方向に割るのがマナー。 縦にして左右に割ると器や人にぶつかりやすいため、避けよう。
箸の上げ下げ
箸をテーブルから上げるときは、どんな箸でも次の3つの動作で扱うのが基本。
(1)右手( 利き手 )で箸のまん中からやや右寄りを上から持ちあげる
(2)左手でその左横を下から受ける
(3)右手を右端に滑らせて、実際に使用するときの持ち方に持ち替える。 左手は外す。
箸を下ろすときは、この逆の動作をすればOK。
箸の置き方
箸置きに置くのが基本だけれど、ない場合は箸袋で箸置きを作って。 箸袋をひと結びしたり、山型に折ったりするだけでOK。 箸置きも箸袋もない場合は、器に箸先をかけたり、箸を渡して置いたりするしかないけれど、本来は 「渡し箸」 といってマナー違反だと知っておこう。
箸の始末
食事が終わったら箸袋に戻し、使用したという目印になるように箸袋の端を折っておいて。 箸袋を箸置きにした場合は、そのまま箸の先端を差し込もう。
 また、器の扱いに気を配ることも大切。 器によっては、指輪で傷つけてしまうこともあるので、こだわりの器を使った食事の席では外すのがベター。 器には正面があり、絵柄などがお客さまに向くように置くものだけど、その家の人やお店の人に器を手渡しする場合も、手のひらの上で器を回して相手に正面を向けて渡そう。

 箸や器を美しく扱う女性は、男性からのポイントも高いはず。 普段から実践して、いざというときに自然に扱えるようにしておこう。





お・ま・け

  


 女性のたしなみは玄関先で差がつく! 知っておきたい、美しい靴の脱ぎ方。

 日本人にとって人前で靴を脱ぐのは当たり前のことだけど、意外と身に付いていないのが靴を脱ぐときの正しい作法。 訪問して最初のしぐさとなる靴の脱ぎ方は、相手の印象に残りやすいので、美しい作法を身に付けておきたいもの。

 「靴の脱ぎ方に対する日本独特の作法は、相手に対する気遣いと美しさがあり、一連の動きがスムーズにできるととてもスマート。 慣れれば簡単なので、ぜひ実践してみてください 」

 こう話すのは、和文化研究家の三浦康子さん。 そんな三浦さんに、正しい靴の脱ぎ方を教えてもらった。
(1)玄関から入ったら、そのまま前向きで靴を脱いで上がる。
(2)家の人に対してなるべくお尻を向けないように注意しながら、少し斜め向きになってひざをついてかがむ。
(3)つま先が外側を向くように靴の向きを変え、下座のほう( 家の人が立っている場所から遠いほうの玄関の端、またはシューズボックス側 )に寄せて置く。
 つま先が外側を向くように靴を置くのは基本だけれど、よくやりがちなのが、くるっと向きを変えて靴を脱ぐ方法。 この方法だと、つま先が外側を向いた状態で靴を脱ぐことができるので、靴の向きをわざわざ変える手間が省けるけれど、実は、その家の人に対してお尻を向けてしまうため、失礼にあたるのだそう。

 「誰かのお宅にお邪魔するときだけでなく、座敷の飲食店に入る際などもこの作法を心がけて。 カップルでお店に入る場合は、男性が先に靴を脱いで上がり、女性が2人分の靴を揃え直すと日本女性の美しいたしなみを感じさせるはずです」 ( 同 )

 ただし、上がり口( 土間から座敷に上る段になっているところ )が高い飲食店の場合、座敷に上がってから靴の向きを変えようとしても、靴に手が届きにくく、お尻を高く上げることになって下品になることも。 お店の方から 「こちらで揃えます」 などと声がかからない場合は、座敷に背を向けて靴を脱いだほうがベターなのだそう。

 また、帰るときは、家の人が靴を玄関のまん中に移動してくれているケースが多いけれど、その場合は、少し端にずらしてから履くのがマナー。 ただし、後ろに人を待たせているときなどは、 「お先に」 と声をかけてそのまま靴を履いてしまってもOK。
 玄関先でバタバタせずにスムーズに靴を脱ぐためにも、日頃から正しい靴の脱ぎ方を心がけておこう!





( 2011.06.01 )
退
調

◇あなたは大丈夫? 「乳児期に固い食べ物を」 鶴見大教授ら学生124人調査

 鶴見大短期大学部( 横浜市鶴見区 )の後藤仁敏教授と田中宣子講師が、女子学生124人の歯型を調べた結果、若い女性のかむ力が弱くなり、親知らず( 第3大臼歯 )の退化が進んでいることが分かった。 後藤教授は 「乳児期にもっと固い食べ物をかむ習慣が必要」 と指摘する。
 対象は歯科衛生科で学ぶ学生で、18~20歳。 咋春、上下のあごの石こう模型を採取し、歯の特徴を調べた。
 歯数は24~32本で平均28.2本。 基本の32本は6人だった。 上あごの親知らずの欠如が82.2%。 その前の第2大臼歯も退化が進み、三角形に変形傾向が見られる。 第1大臼歯への影響も出ている。 下あごの親知らずの欠如は71.8%だった。
 後藤教授は 「人類の歯の退化予測」 を新人・現代人段階( 抜歯も含め32本 )と未来型現代人段階( 28本 )に分類。 調査では未来型が57.3%で、新人・現代人は12.1%、中間( 29~31本 )が24.2%だった。
 05年から女子学生の歯の調査を続ける後藤教授は 「若い女性は、かむ力が年々弱くなっている。 歯の退化を防ぐのは、人類史的な重要課題」。 田中講師も 「ソフトな食品が人気だが、乳児期にしっかりかむ習慣が大切。 今年も歯型を調べ、データを積み上げたい」 と意欲を示した。